光風荘

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光風荘

光風荘とは?

1936年2月26日から2月29日にかけて、日本の陸軍皇道派の青年将校らが1483名の兵を率い、起こしたクーデター未遂事件「2・26事件」を知らない人はまずいないと思います。(万一、知らない人はすぐにでも調べましょう。)

光風荘の案内看板このわが国近代史上初のクーデターである2・26事件ですが、舞台の中心は東京でした。しかし、ここ湯河原の光風荘においても、第一次襲撃目標とされた時の内閣総理大臣、岡田啓介を筆頭とした6名のうちの1人である前内大臣の牧野伸顕(まきの のぶあき)が襲撃されました。しかし、勇敢な警護の警察官の身を犠牲にした抵抗や、近隣の旅館主人らの助けもあり、辛くも難を逃れました。当時20歳であった麻生前(元)首相の母である麻生和子もその場に居合わせ、牧野伸顕の救出を手伝ったということです。麻生和子は牧野伸顕の孫で、吉田茂は父に当たります。すなわち、麻生太郎は祖父が吉田茂、曽祖父が牧野伸顕であることを意味します。今考えてみても、「血筋だけは…」と思ってしまいますね。

さて、この歴史上に名を残す大事件の舞台が、ここ湯河原の光風荘であったことは紛れもない事実です。そのような重大事件の同じ現場に身を置くということは、とても貴重な体験でしょう。

光風荘の内部建物自体、実際には当時火災にて損傷しているので建て替え・修復されています。しかし、間取り等はほぼ同じ形で復元されたようなので、湯河原町のボランティアの方の「この場所で…」や「そこの…で、」といった説明が非常にリアルに感じられます。当時実際に使用された遺品や文献などが実際に展示され、興味のある方は時間を忘れて過ごすことができるでしょう。

筆者が実際に見学した感想ですが、事件の背景として同じ我が国を愛する者同士が、悲しくも殺し合うことになってしまった結果に対し、とても胸が詰まる思いになります。特に、光風荘襲撃部隊のリーダーであった河野大尉(享年28歳)の生い立ちなどに実際に触れると、「なぜこんな素晴らしい、将来有望な青年が…」といった思いが巡ります。事件の首謀者として、一般的に「悪人」と一括りにされてしまのが定めなのかも知れませんが、ここ光風荘では実際の生々しい事件背景に触れることで、当時の関係人物たちの志が垣間見れます。河野大尉は事件後、大学生の実弟より自決を勧める手紙と共に果物ナイフが入院中の病床に届けられ、そこで自決します。その実際の手紙や生々しく刃の欠けた果物ナイフも展示されています。その無念さを推し量るに、筆舌し難い気持ちになります。

光風荘の内部写真湯河原の地を訪ねるのも何かの機会であり、また縁であると思いますが、是非この国の歴史の1ページに触れてみてはいかがでしょうか。

案内をしてくださる湯河原町のボランティアの方々は、とても親切丁寧に解説してくれますので、大変分かりやすく見学することができます。湯河原を愛する地元の方々の姿勢に、本当に頭の下がる思いです。

一般開放時間が土日祝日の10:00~15:00(受付締切14:30)に限られていますので、ご注意下さい。

光風荘へのアクセス

万葉公園の脇、こごめの湯に至る坂道の途中にあります。光風荘の駐車場はありませんので、こごめの湯隣接の有料駐車場、もしくは湯河原観光会館の有料駐車場をご利用下さい。バスでお越しの方は、こごめの湯へのアクセスと同様、湯河原駅から不動滝・奥湯河原行きバスを利用し、公園入口バス停で下車して、万葉公園方向に橋を渡った坂の途中にあります。

光風荘 詳細情報

「ペンションはな」のオススメ度:★★★★★
  • 利用時間:土日祝の10:00-15:00(最終入場は14:30)
  • 利用料金:無料
  • トイレ:あり
  • 駐車場:周辺有料駐車場を利用
  • お問い合わせ先:湯河原町観光課
    0465-63-2111 内線232(地域政策課)

※掲載の情報は、記載時点での情報に基づいております。上記詳細情報は最新の情報ではございませんので、予めご了承下さい。もし変更事項等お気づきになりましたら、お問い合わせフォームよりご一報頂ければ幸いです。適時情報更新させていただきます。

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最終更新日: Fri, 2010-04-30 0:37 am ページのTOPに戻る Home | リンク | 全国宿仲間リンク | サイトマップ | プロフィール